カウンセラー谷茉城(たにましろ)プロフィール

頼られる長女を演じていた子供時代

私の悩みは幼いころの親や人との関係が大きく影響していると感じています。
4兄弟の長女として生まれ、親から頼られることに喜びを感じて、頼られるお姉ちゃんをずっと演じていました。

いわゆる典型的な「いい子」だったんです。

親に甘えることをしたことがなかったので、甘え方、頼り方が分からないまま大きくなってしまいました。
家族の中ではお姉ちゃんを演じていたものの、保育園では、引っ込み思案の性格もあって自分から友達を作ることができませんでした。記憶にあるのは、気の強い子にいじめられている思い出ばかり。
正直、子ども時代の楽しい思い出はほとんどありません。

小学生になっても、引っ込み思案の性格はそのまま。特定の仲のいい友達とだけで遊んでいたので、自分から積極的に話しかけたり、友達を作ったりしたことはありません。

中学生になって、部活に入ったことで、先輩や先生とのコミュニケーションに高い壁を感じるようになりました。

困難から常に逃げる選択をしていた学生時代

中学時代、初めて入った部活は吹奏楽部。先生も先輩も厳しく、上下関係がしっかりとある部活でした。始めのころは、引っ込み思案の性格もあって、先輩に会ってもうまく挨拶が出来なかったんです。

すると、その日のうちに、先輩たちにその話が伝わってしまい「挨拶もできない生意気な1年」というレッテルを貼られてしまうことに。

その日から、先輩たちからの風当たりは強くなりました。
部活に行くのが怖くなり、頭痛や腹痛で休むようになって、不登校となりました。
親を頼ったことがなかったので、部活のことも相談できず、自分ひとりで、部活をやめることを決断しました。
部活をやめることで、苦手な先輩たちとの人間関係を断ち切って「逃げる」ことで解決策を見つけてしまいました。

人間関係を築くことが難しい性格の私にとって、厳しい先輩との人間関係の失敗が、自分自身に「人と人間関係を築くことができない性格」という思い込みをするようになりました。

壊れた人間関係の修復ができず、1年たたずに辞めてしまった初めての就職先

高校を卒業後、地元の金融機関に就職しました。私が配属された部署は、電算センターという地下にある部屋で延々とデータ入力を行う部署でした。その部署はほとんどが女性。私と同じ仕事をしている5人グループで、毎週のように休みの日に集まって、スポーツやバーベキューなど楽しんでいました。
人間関係を築くのが苦手な私にとって、このグループに所属できたことはとてもラッキーだと思っていました。
でも、楽しめていたのは最初の2か月くらい。仲が良くなるにつれて、他のグループの悪口を聞くことが多くなり、悪口を言い合うことで結束を強めているグループにいること自体が辛く感じるようになりました。

入社して8か月経ったころ、グループの先輩に相談をせずに、仕事の配置転換を上司に相談しました。これをきっかけに、グループの先輩たちから反感を買うことになり、グループ内での人間関係を悪化させることになってしまいました。

この人間関係の悪化で、学生時代の部活での失敗体験を何度も思い出し、誰にも相談できずに、食事もほとんど喉を通らず、仕事へ行くことが苦痛で仕方ありませんでした。通勤で電車に乗って会社前まで行くと涙が止まらず、足が一歩も進まないということもしばしばありました。ただ、担当の仕事をやらないといけないと自分に言い聞かせて、2か月間、誰とも会話しない日々が続きました。

そして、私は、壊れてしまった人間関係を修復することよりも、この状況から逃げるように退職を決断しました。

キャリアを積んで順風満帆だった20代後半

初めての仕事を人間関係が原因で退職。転職先を探すときには、仕事が忙しい、男性が多いなど、比較的人間関係で悩まなくてよさそうな職場を選び、キャリアアップを図り、管理本部でマネージャーという役職で仕事が出来るようになっていました。

その頃、仕事で評価をされることばかりを考えて毎日を過ごしてきました。
管理系の仕事で自信を持ち、営業やコンサルティングの仕事に興味がわいていました。
30代を目前にして、「キャリアアップするには今しかない」と思い、地元のコンサルティング会社に転職しました。

これまでの経験やキャリアを生かすことができる職場で、上司などからも評価され、順風満帆だったのを覚えています。
仕事が楽しくて仕方がなく、終電で帰る日々が続き、通勤が楽になるように引っ越しもしました。
仕事の面では不安は全くありませんでしたが、自分だけでお客様先へいくことが増えるにつれ、苦手なタイプのお客様にたくさん出会うようになり、自分に自信が持てないと感じることが増えました。

この時、初めて「カウンセリングを学んでみよう」と思い、自分のスキルアップのため、半年間スクールに通い、コミュニケーションの取り方を学びました。
苦手だったコミュニケーションも、カウンセリングを学んだことで少しずつ苦手意識がなくなってきました。

結婚・出産を機に、私の生活は仕事中心から子ども中心に

結婚、出産を機に、私の人生が大きく変わりました。
毎日終電で帰ったり、土日も出勤するなど、独身時代はやりたい仕事をやりたいだけ頑張れる環境でした。
結婚をしたことで、家庭も大切にしたいと思い、営業から事務の仕事に代わりました。元々、事務の仕事をしていたので難しいことは一切ありませんでしたが、営業の時のやりがいを感じることが出来ず、他の営業さんのサポートをすることにストレスを感じるようになっていきました。

第一子を出産し、産休と育休をとり、子ども優先の日々を過ごすことに。
育休をとりながらも、在宅でできる仕事などは対応し、会社から必要とされていることに安心感がありました。

育休後、一気に私の人生が急降下することに。

育休復帰後の職場でのいじめが原因で退職、自分の存在価値を見失う

育休後、職場に居づらいって話はよく聞きます。会社から必要とされている自分にはそんなことはないと思っていました。

しかし、現実は私の予想とは異なり「職場でいじめにあう」ことに。

私の職場では、私を含めて5名の女性がいて、そのうち3人から無視されたり、会議の時間を伝えなかったり、私に聞こえるように悪口を言ったりというのが続きました。
どうしていじめにあうのか、原因は全く心当たりがありませんでした。

上司からは仕事について評価されていましたが、個性的な人で人間関係など気にしたことが無いような人で、私の苦しみには気づいてもらえませんでした。もう一人の上司からは、「女性同士のことは俺にはどうしようもない」とさじを投げられ、頑張って相談したにも関わらず、状況は良くならないままでした。

仕事や家庭・子育てのバランスに悩みノイローゼに

社内いじめにあいながらも、自分の担当のお客様や仕事のため、我慢して仕事を続けていました。
でも、我慢を続けることで、気づかないうちにストレスで、家では常にイライラするようになりました。

仕事もうまくいかず、イライラしていることで夫とも喧嘩が増え、小さな子どもに当たってしまうことも増えました。
頭では悪循環に陥っているとわかっていても、どのように改善していけばいいのか、全く考えることができず、すぐに泣いたり、イライラしたりしているうちに、ノイローゼになってしまいました。

悪循環になっている原因は、仕事・夫との関係・子育ての3つ。この中ですぐにでも改善できるのは、仕事を辞めることと判断しました。仕事を辞めたことで、評価されることがなくなったと感じ、自分自身の存在意義が見いだせないまま、不安な毎日を過ごしていました。

カウンセラーとして独立を決意しカウンセリングの学びなおし

これまで仕事と夫、子育ての悪循環で頭がパンクしていましたが、仕事を辞めたことで少し余裕が持てるようになりました。
カウンセリングを学んでからブランクがあったので、カウンセラーとして独立できるようしっかりと時間をかけて学びなおしました。

自分自身のことを客観的にとらえることができるようになったことが、私の人生において大きな転機となりました。

カウンセリングを学びなおすことで夫との関係が修復

やりがいや自信、存在意義を見失ってしまった私でしたが、自信を取り戻し、生きがいや存在意義を取り戻すことが出来ました。

これまで、誰にも頼らずに重要なことを決めてきました。でも、夫に相談して仕事を辞めることを決断したことは、私にとっては、一歩前に踏み出すきっかけとなったんです。

30年以上親には頼ってこなかったので、今さら相談するのは少しハードルが高かったです。
でも、夫との関係は数年。夫の方が相談をしやすいと思いました。今まで自分の気持ちを相手に伝えることはほとんどしたことがなかったので、最初はとても難しく感じました。が、少しずつ話をすることで、私の気持ちを理解しようと努力してくれているのが分かりました。

私の中で大きく変わったこと、夫とのギクシャクした関係が良くなったことです。
夫へ素直に感謝の気持ち、思っていることを伝えることができるようになったことで、より信頼感が深めることができると感じました。

怒るばかりしていた子どもへの接し方に余裕が生まれる

以前は、子どもたちがどうして言うことを聞いてくれないのか、思い通りにいかない育児に日々悩まされていました。
母親や友人に相談しても、「子育てってそんなもんだよ」という回答ばかり。

本当に他のお母さんたちも同じように毎日怒ってばっかりなのか。。。
当時の私は、お姉ちゃん二人が言うことを聞いてくれる子だったので、末っ子にも同じことを要求していました。

「まだ小さいから」、と自分に言い聞かせ続けても、一向に私の言うことを聞いてくれる気配はありませんでした。末っ子が出来ないことばかりに目を向け、出来ないことにイライラし、常に怒っていたと思います。(夫と子どもは「ママはいつも怒りんぼだね~」って言っていました。

末っ子の3歳半検診で、発達障害の疑いを指摘され、ADHDの検査を受けることになりました。
あまりに育てにくいと感じていたので、発達障害の病院には通っていましたが、正式な病名は怖くて聞けていませんでした。3歳半検診でズバッと指摘されたことで、ずっと抱えていたもやもやとした不安が大きくなりました。

夫にADHDの疑いを指摘されたことを相談したとき、意外な言葉が返ってきたこと、今でも鮮明に覚えています。
「発達障害があったとしても、この子であることに変わりはないよ。今まで通り接したらいいんだよ。」
私は子どもの前にも関わらず、大泣きしてしまいました。でも、この言葉をきっかけに、不安はすっかりなくなりました。
病院の先生にも、いろんなことを相談できるようになり、はっきりと指摘してもらえたことで、周囲に助けをもとめながら、余裕をもった育児をすることができるようになりました。

ママ友との距離感がつかめず転園を考えたことも

これまでずっと避けていたコミュニケーションでしたが、それなりにママ友もできるようになりました。
仲のいいママ友たちと、ランチに行ったり、幼稚園の後に一緒に遊んだり、子ども同士も仲良くしているので、この関係がずっと続くといいなぁと思っていました。

でも、仲が良くなればなるほど、相手の嫌な部分も目に付くようになります。
女性同士って、「誰かの悪口を言って結束を固める」人が出てきますよね。
私の仲良くしていたママ友も、最初の頃はお互いの本音を探りあっていた感じですが、夏休み前頃には、誰かの悪口を言い合うのが習慣化していくようになりました。

夫には「程よい距離感で接したらいいんだよ」とアドバイスをもらいましたが、その場にいないと悪口を言われるのが分かっていたので、無理をしてでも予定を合わせていました。悪口を言っているときのリアクションにも困るし、愛想笑いだけでやり過ごすのも限界を感じていました。

ある時、私が前職で地元の雑誌に取り上げられていたことが話題になっていました。当然、いい話ではありませんでした。
これをきっかけに、ママ友と会うことが怖くなっていき、転園まで考えるようになっていました。来年の3月まで頑張ろうと言い聞かせて、びくびくしながら幼稚園に通っていました。

今では、自分の話し方次第で、相手の反応がわかり、本当に心を許せるママ友ができました。ほどよい距離感で、でも仲良くすることができ、嫌で仕方なかった行事にも参加し、3姉妹で6年間親子ともに楽しく過ごすことができています。

流産を経験、そして「産まない」という決断

私には3人の娘がいます。一時期、私たち夫婦の中で「男の子」が欲しいと思う時期がありました。
2人目をなかなか授からないこともありましたが、3人の娘がいることもあり、きっと大丈夫だろうという思いで妊活に取り組んでいました。でも、生理が来るたびに、「今回もダメだった」という思いばかりが心を支配し、生理痛だけではない倦怠感、無気力感に、何度も襲われました。

こんな状態が2年ほど続いたころ、やっと小さな命を授かることができました。初めての検診では、心音がわからず、「次回の検診で心音が分からなければ残念ですが流産かもしれません」という医師からの言葉。

自暴自棄になっていた私は、何をするにもやる気が出ませんでした。
ずっと、亡くしてしまった小さな命のことを考えていました。
夫と何度も話し合い、妊活は私の年齢が40歳ということを区切りにしようということになりました。
夫は、私がずっと流産したことにこだわってしまう性格ということをよく理解してくれています。
40歳という節目に、やっと私は「産まない」という決断をすることができました。

今では、流産してしまった子の分まで、娘3人と楽しい日々を送ろうと前向きに考えを切り替えることができました。無くしてしまったものばかりにとらわれず、今、私にある大切なものに気づくことができ、家族のきずなもより深いものになったと感じます。

カウンセリングによって一生治らないと思っていたイライラが乗り越えられた

自分自身の人生観、世界観が大きく変わりました。
悩みすぎてノイローゼになったころ、病院で検査をした結果、「バセドウ病」という診断を受けました。
不規則な生活や大きなストレスなどが原因で甲状腺ホルモンのバランスが崩れる病気です。
一時期、のどに違和感があり、飲み込むことが難しい時期がありました。ちょうど、風邪を引いた時期だったので、その影響だと思っていましたが、風邪が治っても一向に治りませんでした。

甲状腺の専門医にかかり、服薬治療で数値は落ち着きました。が、イライラは一向に収まる気配はありませんでした。

ですが今では、気持ちのコントロールができるようになり、子育てや夫との関係も一気にいい方向へ向かいました。

10代半ばから、人とのコミュニケーションに悩み続けてきました。
自分自身で解決法を見出すのに、25年もかかりました。

私の場合、25年もかかりましたが、カウンセリングを受けていただく方は、そんなに悩む必要はありません。

私の悩みを克服した経験や、
あなたの悩みに合うカウンセリングの手法を組み合わせて、
短期間であなたらしさを取り戻してもらえるような独自のカウンセリングを提供しています。

もっと早くカウンセリングに出会っていたら

私の人生を振り返ってみると、
もっと早くにカウンセリングに出会っていたら、悩みに振り回されない人生を送っていたと思います。

当時、カウンセリングを知っていれば、こんなに悩むこともなかったのに。
貴重な時間を無駄にしてきたなぁと思います。

これまでに相談に来られた方も、

「もっと早くに相談すればよかった」
「あの時に戻って相談していれば違う結果だったはず」

私と同じように、悩んでこられた方、生きづらさを感じている方、自分の価値を見出せない方、
そして、何とかしたいと暗闇でもがき続けている方に受けていただきたいと思っています。

心理カウンセリングを初めて受けるときは、とても不安を感じると思います。

「早くこの悩みから解放されたい。楽になりたい。」
「でも、カウンセリングで本当に良くなるんだろうか」

このような葛藤は誰にでもあります。

でも、ほんの少し勇気を出すことで、あなたの人生が変わるきっかけになります。

どうぞ、安心して何でもお話ください。
心の悩みをいやすプロがあなたを全力でサポートいたします。

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